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仙台高等裁判所 昭和36年(ネ)17号 判決

控訴人・附帯被控訴人 被告 株式会社徳陽相互銀行

訴訟代理人 三島保

被控訴人・附帯控訴人 原告 宮城興産有限会社

訴訟代理人 太田幸作

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人株式会社徳陽相互銀行は、被控訴人宮城興産有限会社に対し、金二七八、六八四円およびこれに対する昭和三三年四月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴人・附帯被控訴人代理人は「原判決中控訴人・附帯被控訴人(以下単に控訴人と称す)敗訴の部分を取り消す。被控訴人・附帯控訴人(以下単に被控訴人と称す)の請求を棄却する。本件附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに立証関係は次のように付加するほか、原判決事実摘示と同じであるから、ここにこれを引用する。

被控訴代理人は、

仮りに被控訴人が控訴人に対し本件不動産につき後順位抵当権を取得したことをもつて対抗できず、この意味において被控訴人は無担保債権者に過ぎないとしても、被控訴人が控訴人に対して金二七八、六八四円を弁済のため現実に提供した当時、被控訴人は後藤に対し日歩九銭の割合による遅延損害金支払特約付の元本金一五〇、〇〇〇円の貸金債権を有していたが、後藤は本件不動産以外殆んど無資力であつて、しかも本件不動産には控訴人はじめ塩釜信用金庫、萱場りん等のため先順位抵当権があり、これが競売手続によつて比較的低廉な代価で換価されるときは、被控訴人の右債権は弁済を受けられなくなるおそれがあつたので、被控訴人は後藤と協議し、これを任意他に売却すべく奔走した結果、代金一、〇〇〇、〇〇〇円位で売却し、もつて被控訴人の右債権の満足を受け得る見込みに到達し、一方本件代位弁済によつて本件競売申立人の地位を承継した際には、その申立の取下をなすべく、控訴人を除く右先順位抵当権者、競落人内海正人らにも右取下の同意方懇請し、その内諾も得ていたのであつて、このような事情の下では被控訴人は債務者後藤のため控訴人に対してその債権の弁済をなすにつき正当の利益を有していたものというべきである。

なお、控訴人は過失相殺を主張するが、被控訴人は競落許可決定に不服を申立てるなどして、その弁済の当初の目的どおり右競売手続の廃止に努力する一方、前記弁済供託と同時に即日控訴人に対して供託書を送付し、かつ電話で供託したむねを告げてその債権に関する証書の交付および抵当権代位の附記登記手続に協力すべきむね要求したのにも拘らず、控訴人はなんらこれに応ずる如き返答もせず、しかも後日右供託金を受領しながら被控訴人にそのむねの通知もせず、そのため被控訴人としても重ねて右登記手続の協力を要求する機会を失つたものであつて、被控訴人にはその権利保全につきなんらの過失もない。と述べ、

控訴代理人は、

被控訴人がなした弁済供託の数日前に既に競落許可決定がなされていたのに拘らず、被控訴人は当時その先順位抵当権者、競落人らから競売申立取下の同意を得ていなかつたのであるから、右競売申立を取下げ、もつて右競売手続を廃止するに由なく、従つて弁済につき正当の利益を有していたものということはできない。仮りに控訴人に被控訴人主張のような損害賠償義務があるとしても、被控訴人は乙第二、第三号証のような抗告手続に専念するのみで、控訴人に対しては一回も係争抵当権につき代位の附記登記に協力すべきことや、債権証書を交付すべきことを求めることがなかつたのであつて、本件損害額の決定にあたつては被控訴人のかかる過失を斟酌すべきである。と述べ、

立証として、被控訴代理人は当審証人佐藤善光の証言を援用した。

理由

被控訴人が後藤五郎に対する債務名義にもとずき、同人の所有であつた本件不動産について仙台地方裁判所に強制競売の申立をなし、昭和三〇年一〇月一一日強制競売開始決定(同裁判所同年(ヌ)第九七号事件)を得、翌々一三日強制競売申立登記がなされたところ、ついで控訴人が後藤に対する無尽給付貸金残元金二〇九、七九〇円およびこれに対する昭和二九年一一月二一日から完済まで日歩四銭の割合による遅延損害金債権につき、抵当権実行のため本件不動産について同裁判所に競売の申立をなしたので、右申立書は同三〇年一一月八日右強制競売事件の執行記録に添付され、その後被控訴人の強制競売の申立は取下げられたが、競売手続は進行されて、本件不動産は代金六八〇、〇〇〇円をもつて内海正人の競落するところとなり、昭和三一年一一月二一日同人に対し競落許可決定があつた。当時後藤に対する登記簿上の抵当債権者は次のとおりであつた。

本件宅地について

(抵当権の順位) (抵当債権者) (抵当権設定登記受付年月日) (債権額)

(1)  控訴人 昭和二九年三月三一日 極度額金一八〇、〇〇〇円、利息日歩三銭五厘、損害金日歩四銭

(2)  萱場りん 同年一二月一七日 元金二〇〇、〇〇〇円、利息日歩一〇銭

(3)  伊藤伝一佐藤武治 同三一年六月九日 元金一〇六、六五〇円

(4)  被控訴人 同年九月一〇日 元金一五〇、〇〇〇円、損害金日歩九銭

本件建物について

(1)  控訴人 同二八年四月二〇日 極度額金一二〇、〇〇〇円、利息日歩三銭五厘、損害金日歩四銭

(2)  控訴人 同二九年三月三一日 前記宅地についての第一順位の抵当債権に同じ

(3)  塩釜信用金庫 同年七月二八日 元金一五〇、〇〇〇円、利息損害金日歩四銭

(4)  萱場りん 同年一二月一七日 前記宅地についての第二順位の抵当債権に同じ

(5)  伊藤伝一佐藤武治 同三一年六月九日 前記宅地についての第三順位の抵当債権に同じ

(6)  被控訴人 同年九月一〇日 前記宅地についての第四順位の抵当債権に同じ

ただし控訴人の場合は根抵当権であつて、右競落許可決定のあつた昭和三一年一一月二一日当時では、その残存債権額は前記金二〇九、七九〇円であり、被控訴人は同月二六日債務者後藤のため、控訴人の右残存債権金二〇九、七九〇円およびこれに対する昭和二九年一一月二一日から昭和三一年一一月二六日までの日歩四銭の割合による遅延損害金六一、八四六円ならびに控訴人の要した本件競売手続費用金七、〇四八円合計金二七八、六八四円を、控訴人の所在地を管轄する仙台法務局に弁済供託した。

以上の事実は当事者間に争いのないところである。

そこで、被控訴人のなした右弁済供託によつて、被控訴人は当然控訴人に代位し得るや否やにつき審按する。

原審および当審証人佐藤善光の証言によれば、当時被控訴人は後藤五郎に対して日歩九銭の割合による遅延損害金支払特約付の元本金一五〇、〇〇〇円の貸金債権を有していたのに、後藤は本件不動産のほか殆んど無資力であり、しかも前記のように登記簿上の先順位抵当権者があり、従つて競落代金六八〇、〇〇〇円はすべて右先順位抵当権者に交付されて、被控訴人の右債権については全然弁済を受けることが期待できなかつたので、被控訴人は後藤と協議の上一方競落許可決定に対し即時抗告の手続をなすとともに他方本件不動産を右競売手続によらず、より高価に他え任意売却すべく奔走し、その結果東邦生命と称する保険会社に約金一、〇〇〇、〇〇〇円で売却しうる見込みに到達したことが認められるのであつて、従つて被控訴人がその目的を達成するためには、控訴人に対して右弁済をなし、もつて控訴人に代位し右競売手続を廃止しさえすればよいのであるから、被控訴人としては正に右弁済をなすにつき正当の利益があつたものといわなければならない。

もつとも弁済当時競売手続が進行して既にこれを廃止することが不可能な状態に陥つていれば、自ら右結論も異つてくるのは当然であるが、右弁済供託の当時は未だ競落許可決定があつて数日を出でず、該決定も未確定であり、しかも競落代金も勿論納付されていない状態であつたのであるから、被控訴人が右競売手続を廃止するためには、代位弁済によつて控訴人の競売申立人としての地位を当然承継した上で、控訴人を除く前記抵当権者、競落人内海ら利害関係人全員の同意を得て、競売申立を取下げれば足りるのであつて、当時右競売手続廃止の法律上の可能性は十分あつたものと認めることができ、弁済当時既に右利害関係人の同意を得ていなければならないとするが如き控訴代理人の主張や、右同意を得るにつき予想される事実上の困難等はなんら前記結論に影響をおよぼすものではない。

なお、右競売申立人の地位の当然承継について附言するに、本件競売手続は先の強制競売申立が取下げられた後は、控訴人の任意競売申立が前記執行記録添付の時に開始決定を受けた効力を生じたものとして、じ後競売法にもとづく競売手続に転化し続行されたもので、このような抵当権実行としての競売手続が進行中に、債務の弁済につき正当の利益を有する者が競売申立人に対して弁済をなした場合、右抵当権は消滅せず、弁済者が「当然」その権利者となり、右競売申立人の地位を承継するものであることは民法第五〇〇条の法意に徴し明らかであり、その地位の承継にはほかになんら対抗要件を要しないというべく、この点競売申立人より後順位の抵当権者がある場合には、代位による右抵当権の移転登記もしくは右後順位抵当権者の承諾等の対抗要件を要するむね説示した原判決は、民法第五〇〇条の法意を看過した誤解に出でるものというべきである。

ところで原審証人佐藤善光、熊谷直徳、藤田藤雄、当審証人佐藤善光の各証言を総合すれば、被控訴人は右のように弁済につき正当の利益がある者として、控訴人に対してその債権を弁済し、もつて控訴人に代位し右競売手続を廃止しようと考え、昭和三一年一一月二四日控訴人会社本店整理課長熊谷直徳、および同課係員藤田藤雄に対し、控訴人の有する右残存債権、遅延損害金ならびに競売手続費用を加えた合計金員を現実に提供し、右のような趣旨の代位弁済につきその承諾を求めたところ、右熊谷らは、控訴人の後藤に対して有する本件不動産によつては担保されない別口の保証人付債権約金二〇〇、〇〇〇円についても併せて弁済を受けなければ右代位には応じられないこと、また応ずるとしてもその決定権は同人らの上司にあつて同人らの一存によつてこれを承諾することもできないので、よろしく被控訴人において供託すべきこと等を述べて、右提供にかかわる金員の受領を拒絶したので、ここに被控訴人は前記の如き合計金二七八、六八四円を適法に弁済供託した事実が認められる。原審証人熊谷直徳、藤田藤雄の各証言中右認定に反する部分は措信し難い。

しからば、被控訴人は右弁済供託によつて当然控訴人に代位し、ここに控訴人の有していた前記債権は被控訴人の後藤に対する求償権の範囲――被控訴人は右弁済供託につき後藤の委託を受けたものであることを主張しないから、右求償権の範囲は民法第七〇二条によつて律せられることになる――すなわち右弁済供託金の全額につき被控訴人に移転し、これを担保する控訴人の前記各根抵当権もいずれも被控訴人に移転し、かつ控訴人は被控訴人に対し右債権に関する証書を交付し、右各根抵当権につき代位の附記登記(不動産登記法第一二五条)に協力すべき義務を負うに至つたものということができる。

然るにその後控訴人は進んで自ら右代位の附記登記に協力する等のことを全くなさず、しかも昭和三二年六月一八日仙台法務局から右供託金を受領し、仙台地方裁判所に対してその債権の完済を受けたむね届け出で、一方右競売手続も進行して同年六月二八日競落人内海正人は競落代金を支払つて本件不動産の所有権を取得するに至つたもので、これらのことは当事者間に争いがなく、また原審および当審証人佐藤善光の証言ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人は右弁済供託をなすと同時に即日控訴人に供託書を送付し、かつ電話で供託したむねを告げて控訴人の有する債権証書の交付方ならびにその抵当権代位の附記登記に協力するよう要求したのにかかわらず、控訴人からは何の返答も得られないまま経過し(原審証人熊谷直徳、藤田藤雄の各証言中これに反する供述は措信しない)、ついで同年一一月二九日同裁判所において開かれた競落代金交付期日に、被控訴人も出頭し、前記代位にかかる債権金二七八、六八四円の交付要求をなしたが、右競落代金は控訴人を除くじ余の先順位抵当権者らに配当交付され、被控訴人の右交付要求は全く容れられなかつたことが認められるのであつて、このことは一にかかつて被控訴人が右代位債権につき最優先して弁済を受け得られるべきのに控訴人が前記各抵当権代位の附記登記に協力すべき義務を履行しないため右抵当権者らに対抗することができなかつたことに存することを明らかに看取し得るのであり、従つて、被控訴人は控訴人の右附記登記手続に協力すべき義務の不履行によつて右金二七八、六八四円の損害を被むるに至つたものということができる。

控訴人は右損害額につき過失相殺されるべきことを主張するが、以上認定事実ならびに成立に争いのない乙第一ないし第三号証によれば、被控訴人は前記競落許可決定の取消を求めて仙台高等裁判所に即時抗告をなし、もつて当初の目的どおりまず本件競売手続を廃止せしめることに努力したのであるが、同裁判所において右抗告を棄却され、これに対する抗告も昭和三二年四月一七日最高裁判所の却下するところとなつたことが認められ、一方前段認定のとおり弁済供託と同時にその供託書を控訴人に送付し、かつ電話でそのむね告げた上、控訴人の有する債権証書の交付方ならびにその抵当権代位の附記登記に協力するよう要求する等のこともなしているのであつて、被控訴人になんら控訴人主張の如き過失はなく、かえつて前記のように控訴人が右供託金を受領した際にそのむね被控訴人に通知していれば、被控訴人としても改めてまた控訴人の注意を喚起するため右附記登記協力方の要求をなし得る機会もあつたと考えられるのに拘らず、控訴人は右受領の後も被控訴人の代位債権の保全について何らの顧慮も払わず、一片の通知すらなさず、そのため被控訴人は右機会を失つてしまつたものであることが弁論の全趣旨を通じて十分看取することができるのであるから、控訴人の右主張は全く採用の余地がない。

以上のとおりであるから控訴人は被控訴人に対して右金二七八、六八四円およびこれに対する本件訴状が控訴人に送達された日の翌日であることが本件記録上明白な昭和三三年四月一九日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、被控訴人の本訴請求は理由があり、これを全部認容すべきである。

そうすると原判決が被控訴人の本訴請求中金二二〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三三年四月一九日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いを求める部分につき認容したのは相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないが、被控訴人の本訴請求その余の部分を棄却したのは失当であるから、原判決主文を全部認容に変更することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上武 裁判官 上野正秋 裁判官 新田圭一)

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